あなたは「できる技術者」だと思われていますか?それとも「英語が苦手な技術者」だと思われていますか?
もし両方だとしたら、その「英語が苦手」というイメージが、あなたの技術力を正当に評価されることから遠ざけているかもしれません。
実は、これは多くの中堅・マネージャー層の理系技術者が直面している、深刻な悩みです。
「技術力の評価」が英語で左右される現実
データが示す現実
国際的なプロジェクトや海外との取引に関わるエンジニアの多くが「技術内容は説明できるのに、英語でのプレゼンで本来の力を発揮できていない」と感じています。
2024年EF English Proficiency Index(EF EPI)によると、日本は116カ国中92位という結果が報告されており、特にアウトプット(スピーキング・プレゼンテーション)スキルで課題を抱えていることが指摘されています。
これは、アジアの主要国と比較しても大きく後れを取っている状況です。例えば、シンガポール(3位)、フィリピン(22位)と比べると、明らかな差があります。
※参考:EF English Proficiency Index 2024 (https://www.ef.com/epi/)
これは単なる個人的な悩みではなく、日本の技術者層全体が直面している構造的な課題です。
企業規模を問わず、技術者は以下のような状況に直面することが多いです:
- 海外出張での製品説明会やプレゼンで、聞き返されることが多い
- 国際学会や業界カンファレンスで発表の機会があるが、英語で説明できるか不安
- グローバル企業との取引交渉で、技術者として直接説明を求められている
- 海外顧客や協業先から、メールではなく「直接説明してほしい」と言われて困っている
これらは「技術力がないから」ではなく、「英語での表現に自信がない」という、別の問題なのです。
【コラム】日本の英語スキルの国際的位置付け:
2024年EF EPI主要国ランキング
・シンガポール:3位(Very High)
・フィリピン:22位(High)
・インド:69位(Moderate)
・中国:91位(Low)
・日本:92位(Low)
日本が特に低い理由として、スピーキング・プレゼンテーション領域でのアウトプット不足が指摘されています。これは、教育現場での「読み書き中心」の学習方法の影響とも言えます。
「技術力」と「英語力」の切り分けが大切
ここで重要なポイントがあります。
あなたの技術力は変わっていません。変わったのは、その技術力を「伝える手段」だけです。
日本語でプレゼンすれば、あなたは確実に聴衆を説得できるはずです。なぜなら、あなたは30年以上のキャリアを積んだプロだから。
しかし、英語になった途端に、その説得力が半減してしまう。その理由は、単純です。
英語という手段に不安があると、あなたの思考能力と説得力までが低下してしまうからです。
これは心理学的にも実証されており、Cognitive Load Theory(認知負荷理論)では、言語習得の不安定さが全体的なパフォーマンスを低下させることが明らかにされています。
経験を積んだ技術者が陥りやすい4つの落とし穴
落とし穴①「完璧を目指してしまう」
50代・60代を含む、中堅・マネージャー層の技術者が英語学習で最初につまずくのが、この完璧主義です。
「英語を話すなら、正確に話さねば」
「発音が悪いと、信頼を失うのではないか」
「間違えたら恥ずかしい」
こうした思いから、完璧な英語を話そうとします。そしてその結果、以下が起こります:
- 頭の中で英文を完璧に作ってから話そうとするため、反応が遅くなる
- 発音に完璧さを求めるあまり、話す前に「どう発音するか」で迷う
- 質疑応答で予想外の質問が来ると、完璧に答えられないと思い込んで沈黙する
完璧さの追求が、実は最大の敵になっているのです。
落とし穴②「若い頃の学習法をそのまま使ってしまう」
20代30代で英語を学んだ方法は、年を重ねた今では通用しません。
なぜなら、経験を積んだ脳の学習パターンが、若い時と異なるからです。
若い時は「繰り返し聞いて、自然に習得する」という方法が有効でした。しかし人生経験を積んだ今、別のアプローチが必要です。
理系の論理性を活かし、「なぜそう発音するのか」という原理から学ぶ方が、圧倒的に効率的です。
【コラム】成人学習理論が示すこと
成人学習の第一人者であるMalcolm Knowles(マルコム・ノールズ)の研究によれば、成人学習者には以下の特性があります:
成人学習の4つの特性:
- 自己概念:自分の学び方を自分で決めたい
- 経験 :これまでの経験を学びに活かしたい
- 学習準備性:今すぐ役立つ内容を求める
- 学習動機:外からの強制より、自分の意思で学びたい
つまり、50代・60代の技術者は、「なぜ?」という原理を理解してから学ぶ方が、圧倒的に学習効果が高いのです。
<参考>: Knowles, M. S. (1984). Andragogy in Action. Jossey-Bass
また、神経可塑性に関する研究では、年を重ねた脳でも新しいパターン習得は十分可能であることが示されており、むしろ「理論的理解」が加わることで、習得速度が向上することが報告されています。
にもかかわらず、多くの技術者は、若い頃と同じ方法(英会話スクールで反復練習など)を続けてしまいます。その結果、努力の割には上達せず、「英語は才能だ」と諦めてしまうのです。
落とし穴③「プレゼンに特化した学習をしていない」
一般的な英会話スクールで習う英語と、「プレゼンで必要な英語」は別物です。
プレゼンに必要なのは:
- 日常会話のような自然さではなく、「説得力」
- ネイティブスピーカーのようなニュアンスではなく、「伝わる正確さ」
- 相手からの質問への反応スピードではなく、「準備された内容の正確な伝達」
つまり、技術プレゼンには、特有のスキルが必要なのです。
しかし多くの技術者は、この「技術プレゼン特化」という視点がなく、汎用的な英会話を学ぼうとしています。
その結果、学んだことがプレゼンで活かせず、時間と費用を無駄にしているのです。
落とし穴④「企業の研修制度に頼れない現実」
大企業と異なり、多くの中小企業では、まとまった英語研修制度が存在しません。
そのため、個人の努力に委ねられてしまいます。
一方で、大企業に勤めていても、その研修制度が「汎用的な英会話」に偏っており、技術プレゼンに特化していないことがほとんどです。
つまり、企業規模を問わず、「技術プレゼン特化」の学習は、個人で工夫する必要があるのです。
この現実に気付かないまま、多くの技術者は「英語は学んでいるのに、プレゼンで活かせない」というジレンマに陥っています。
「あの人は英語ができる技術者」と評価されるために必要なもの
では、何が必要なのでしょうか?
必要①:「伝わる発音」への理解
完璧なネイティブ発音は不要です。
必要なのは「聴衆が聞き取りやすく、あなたの専門性を感じさせる発音」です。
実は、これは「感覚」ではなく「科学」です。
音声学の観点から見ると、プレゼンで響く発音には、特定のポイントがあります。
- 強調すべき音の位置(アクセント)
- 技術用語を正確に発音するための調音点
- 聴衆の脳に「信頼できる人」と認識させる音のリズム
【コラム】プレゼンテーション発音の科学
認知負荷理論(Cognitive Load Theory) によれば、聴衆は以下の3つの処理を同時に行っています:
- 内容理解: スライドと話の内容を理解する
- 言語処理: 英語という言語を処理する
- 発音認識: スピーカーの発音を認識する
このとき、発音が「不自然」「予測不可能」だと、聴衆の認知リソースの30~40%が「発音の解読」に費やされてしまい、肝心の「内容理解」に回せるリソースが減ってしまいます。
つまり、聞き取りやすい発音 = 聴衆の認知負荷を下げる = 内容がより正確に伝わる ということです。
<参考文献>:
- Sweller, J., et al. (1998). “Cognitive Architecture and Instructional Design.” Educational Psychology Review.
- Levelt, W. J. M. (1989). “Speaking: From Intention to Articulation.” MIT Press.
50代・60代を含む、経験豊富な理系脳は、この「科学的アプローチ」に非常に親和性があります。
「どう発音するか」ではなく、「なぜその発音なのか」という原理から学べば、短期間で劇的な改善が可能です。
必要②:「技術内容を正確に伝える構成力」
あなたが得意な技術内容を、英語で「過不足なく、分かりやすく」伝える構成。
これは、単なる「英語の構成」ではなく、「技術者のための論理的構成」です。
実は、理系技術者は、この「論理的構成」が得意な傾向があります。
なぜなら、複雑な技術現象を、段階的に説明する訓練を積んでいるからです。
その強みを、英語のプレゼンにもそのまま活かせば良いのです。
難しく考える必要はありません。
日本語で技術説明をする時のロジックを、英語で再現するだけで、十分に説得力のあるプレゼンになります。
必要③:「年を重ねた経験への自信」
これが、最も重要です。
あなたは30年以上のキャリアを持つプロです。
若手にはない、深い技術理解と、実務経験がある。
その「経験」は、何ものにも代え難い武器です。
英語が完璧でなくても、その経験と知識から発せられる言葉には、自然と重みが出ます。
50代・60代を含む、経験豊富な層だからこそ、その経験を前面に出し、自信を持って伝える。
それが、「英語が上達する」ことよりも、実は重要だったりするのです。
「今からでも遅くない」という現実
ここで、一つのデータをお伝えしたいのです。
神経可塑性(Neuroplasticity)に関する研究:
音声学の研究によると、人間の脳は何歳になっても、新しい発音パターンを習得する可能性があります。
むしろ、人生経験を積んだ脳は、若い脳とは異なるアプローチで学ぶことで、驚くほど効率的に習得することができます。
特に「原理に基づいた学習」であれば、経験豊富な分析力と理解力が、強力な武器になります。
なぜなら、因果関係を理解する能力が高まっているから。
【コラム】年齢と言語学習能力について
神経可塑性とは: 脳が新しい経験や学習を通じて、その構造と機能を変化させる能力のこと。かつては「脳は20代で固定される」と考えられていましたが、現代の神経科学は、この仮説が誤りであることを実証しました。
年齢による学習の違い:
| 学習方法 | 若い脳(20代) | 経験豊富な脳(50代〜) |
|---|---|---|
| 聴覚反復学習 | 効果的 | 効果が限定的 |
| 原理理解学習 | 効果あり | 圧倒的に効果的 |
| 実践的応用 | 時間がかかる | 即座に応用可能 |
<参考文献>:
- Draganski, B., et al. (2008). “Training-induced structural changes in the adult human brain.” Behavioural Brain Research.
- Maguire, E. A., et al. (2003). “Navigation-related structural change in the hippocampi of taxi drivers.” PNAS.
つまり、あなたが人生経験を積んでいるという事実は、決して不利ではなく、むしろ有利な条件すら持っているのです。
実際、40代から英語プレゼンを学び直し、海外カンファレンスで発表に成功した技術者も、60代で新たなキャリアを切り開いた技術者も、数多くいます。
その共通点は、何か。
「完璧さを手放した」「自分の経験に自信を持った」「技術者特化の学習を選んだ」
この3つです。
あなたの選択肢
ここまで読んで、あなたはどう感じましたか?
もし「自分のことだ」と思ったのなら、選択肢は3つあります。
選択肢①:何もしない
英語プレゼンの不安を抱えたまま、キャリアを進める。
技術力は認められているかもしれませんが、その可能性を100%発揮することなく。
グローバルな昇進の道は、他の若手に譲ることになるかもしれません。
特に中小企業では、あなた自身が海外対応する必要が生じる場面が増えるでしょう。その時、英語への不安があれば、ビジネスチャンスを逃すことになりかねません。
選択肢②:従来の英会話スクールに通う
時間をかけて、汎用的な英会話を学ぶ。
ただし、技術プレゼンに特化していないため、実際のプレゼンで活かせるまでには、さらに時間がかかるでしょう。
特に中小企業では、研修制度による補助が期待できないため、すべて自己投資。費用対効果を考えると、この選択は現実的ではないかもしれません。
選択肢③:「技術者特化」の学習を選ぶ
あなたの強みである「理系思考」と「技術経験」を活かし、短期間で、プレゼン特化の英語スキルを身につける。
完璧さを手放し、「伝わる英語」を身につけることで、3ヶ月後には海外プレゼンに自信を持って臨める状態を作る。
大企業に勤めていれば、昇進やグローバル人材化への道が開ける。中小企業に勤めていれば、海外顧客開拓の第一線で活躍できるようになる。
いずれにせよ、あなたの市場価値が、確実に上がります。
英語は「設計」で変わる
技術力は既にあります。
あなたに必要なのは、その技術力を「正確に、自信を持って伝える技術」です。
そしてその「伝える技術」は、決して才能ではなく、整え方の問題です。
音声学の原理に基づいた発音。
理系ロジックに基づいた構成。
経験に根ざした自信。
この3つを少しずつ整えていくだけで、あなたの英語プレゼンは確実に変わっていきます。
人生経験を積んだからこそ可能な、深い学習があるのです。
より深く学びたい方へ
この内容がお役に立ったと感じたら、ぜひブログの他の記事もご覧ください。
毎週、理系技術者向けの英語プレゼン術を更新予定です。
新着記事はSNS(X、LinkedIn)でもお知らせしています。

コメント